花と妹とファウスト
○天界
神、天使(ガブリエル、ミカエル、ラファエル)、メフィストフェレス
天使3人が神を讃える歌を歌っている。そこへメフィストフェレスが現れる。
メフィスト「神様。あぁ、素晴らしい神様。我々を創り給う偉大なる御方。なのにどうして、貴方に似せて創ったというあの人間という生き物は、あんなにも愚かで、あんなにも見苦しいのですか?」
神「なぜお前はそんなにも人間を忌み嫌うのか」
メフィスト「なぜって?恐ろしいからですよ!善と悪、相反する二つの心を持ち合わせて、平気な顔をしている奴らが私は恐ろしくてなりません。二つに振り回されている様はいっそ哀れなくらいだ!神様、貴方はなんと酷いお方だ。たとえばあの男――愛する妹を亡くして、亡骸を抱いて泣いているあの男。悲しみに暮れ、この世の喜びを知らずにただ死んでいくあの男なんて……あぁ、本当に見ていられない!(高笑い)」
神「お前はいつも苦情ばかり言いに来るが、それならばお前があの男を自由にしてみろ。それで人間というものがわかるだろう。人間という生き物の面白さが」
神と天使たちが去り、メフィストフェレスだけが残る。
メフィスト「人間など、わかりたくもないけどね。まぁ、いい。ちょうどひとつ、地獄に玩具が欲しいと思っていたのさ」
○処刑場(20年後)
ファウストが絞首台の下に膝をついて座っている。両手を後ろで拘束され、沈痛な面持ち。
ファウスト「あの日から俺は死んだように生き、そしてとうとう今、こんな風にして人生を終えるのか。俺の人生は何だったんだ。なんて情けない人生だ」
処刑人、ファウストを立たせ絞首台へ。
ファウスト「あぁ、神様。もし願いが叶うなら次の人生はもう少し人間らしい、ましな人生を送りたい」
ファウストが覚悟を決めた瞬間、天候が荒れ始める。雷鳴が轟き、処刑人や見物客が動揺するなか、ついに雷が落ちる。ファウストが驚きに目を閉じ、そして目を開けると自分以外の全ての時が止まっている。
ファウスト「なんだこれは?(傍らの処刑人に触れ)動かない?!これはいったい、どうしたことだ」
ファウスト「(驚き、後ずさる)何者だ」
メフィスト「人間らしい人生だって?そんな人生を願うということはお前、人間らしさとやらをよくご存じなんだろうね。ひとつ僕に教えてくれよ」
ファウスト「お前は何だ。悪魔か。悪魔が俺に何の用だ。俺の魂を取りに来たのか!?」
メフィスト「相変わらず人間は僕たちに冷たいね。自分だってたいして変わらないくせに。でも今お前を助けてやれるのは僕だけだよ」
ファウスト「助けるだって?」
メフィスト「そう。この忌々しい処刑場から連れ出して、新しい人生をくれてやることだってできる。神様にいくら願ったって助けてはもらえないけど、僕なら君を助けてあげるよ。どうだい、人生に不満はないのかい?やり残したことは本当に何もないかい?」
ファウスト「人生に不満だって?無いわけがない。俺の人生は不満だらけだ。俺は結局、なにひとつ成し遂げられてはいないんだ。もっとやりたいことをやりたいようにして、自由に生きていられたら!」
メフィスト「その欲まみれの願いが人間らしいということか。もしその願いが叶ったら、お前の人生はさぞ『素晴らしい』のだろうな」
ファウスト「そりゃそうだ。だけどそんなことあるわけがない。そんなことできるもんか」
メフィスト「じゃあ、僕と賭けをしようぜ!もしもお前が『素晴らしい人生だった』とこぼしたそのときは、お前の魂、僕がいただくよ」
ファウスト「……もしやり直せたら、俺は今度こそ間違えないのだろうか。悔いの無い人生を、送れるだろうか」
メフィスト「それはお前次第だな」
ファウスト、絞首台から降りる。メフィストフェレスに導かれ、ファウストが退場。
○魔女の森
ファウストが怯えながら魔女の森に来る。
ファウスト「何だよ、この薄気味悪いところは」
メフィスト「ここは魔女の森だよ。お前はここで時を巻き戻し、人生をやり直すのさ」
リリス「メフィストフェレス様、命の妙薬を分け与えるのはこの男ですか」
メフィスト「そうだよ。こいつは罪人だし、このままじゃ満足に外を歩けやしない。お前の妙薬で時を戻してやってよ。具合はそうだな……20年くらい前がいいや」
ファウスト「20年前……」
メフィスト「お前の心の時計が止まった頃に身体を戻してやるよ。ほら、ひとたび飲めば、青春の真っ盛りに逆戻りだ!」
ファウスト、渡された薬を見つめ、意を決したように飲み干す。リリスが呪術の歌を歌い始める意とファウストは途端に苦しみだして倒れ込む。
リリス「人間には少し刺激が強いのかもしれませんね」
メフィスト「人間って弱っちいな。まぁいいや。それより見てよ、リリス。面白いものを作ったよ。ほら、おいで」
メフィスト「僕に似せて創ってみたんだよ、人間もどき。意外と出来るもんだね。こいつをファウストに付けてやるのさ。そうすれば何かと便利だろう。僕もそんなに付き合ってられないしね……お、どうやら目が覚めたようだ」
オフィスト、ファウストの傍に近寄る。目を覚ましたファウスト、近くにいたオフィストに驚いて飛び起きる。
ファウスト「……?!なんだ、こいつ!」
メフィスト「お前のために従者を作ってやったよ。気軽に何でも言うといい。オフィスト、面倒見てやってね」
オフィスト「御意」
オフィスト、ファウストの前に跪く。
オフィスト「ファウスト様。契約に従い、貴方の従者となります」
ファウスト「……よろしくおねがいします」
ファウストがおずおずと手を差し出すと、オフィストはその手を不思議そうに見つめ、首を傾げる。
○メネラス国城下
ファウスト、オフィスト、町民A
賑やかな街並みに浮かれるファウストと落ち着いた様子のオフィスト。
ファウスト「ここには俺を知る人は誰もいない!なんだかわくわくしてきた。もう一度、人生をやり直せるんだ」
町民A「今日はお城で舞踏会があるよ!王女マルガレーテ様ご成人のお祝いだ!マルガレーテ様に甘いあのヴァレンティン王子様が開いた舞踏会、きっと盛大になるよ!」
ファウスト「舞踏会だって?そんな煌びやかなもの、参加したことがない。なぁ、オフィスト。人生で一度でいいから、そんな華やかな世界を見てみたいなぁ」
オフィスト「人間とは身体が若くなると精神まで若くなるんですね」
ファウスト「頼むよ。お前はあの悪魔に、俺に仕えるように言われているんだろ?」
オフィスト、近くを通りかかった貴族を殴り気絶させる。
オフィスト「ではこの衣装を着てください」
ファウスト「……ずいぶんと力技だな」
オフィスト「私はあいにく、魔法が使えませんので」
○城内、舞踏会会場
ファウスト、オフィスト、マルガレーテ、ヴァレンティン、メフィストフェレス
着飾った貴族たちが楽しくダンスを踊っている。しかしマルガレーテは浮かない様子である。そこへヴァレンティンが来る。
ヴァレンティン「マルガレーテ、お前の成人のお祝いにこんなにもたくさんの人たちが集まってくれたぞ。どうだ、嬉しくはないか」
マルガレーテ「お兄様のお気持ちは本当に嬉しいけれど、わたしこういう派手なパーティは苦手なの。それに皆、本当に私をお祝いしてくれているわけじゃないもの」
マルガレーテのもとに天使がやってくる。天使の声はマルガレーテにしか聞こえない。
天使「マルガレーテ、もうすぐここに貴方の運命の人が来るよ。その人はファウストというんだ」
マルガレーテ「ファウスト?素敵な名前。初めて聞く名前なのに、何だかずっと前から知っているみたい」
天使「さぁおいで、マルガレーテ。あの人はもうすぐ来るよ」
天使、マルガレーテの手を引いて舞踏会へ。そこへファウストとオフィストがやってくる。
ファウスト「なんて華やかなんだ!こんな光景、今まで見たことがない!なんてすばらしいんだ!」
オフィスト「あまり浮かれていると、人にぶつかりますよ」
ファウスト、美しい令嬢と次々にダンスを踊る。浮かれた様子のファウストはダンスの途中に躓いてマルガレーテとぶつかる。倒れ込むマルガレーテ。ファウストは慌ててマルガレーテに手を差し出し、起き上がらせる。
マルガレーテ「お手を貸してくださり、ありがとうございます」
ファウスト「あ、こ、こちらこそ、失礼をいたしました。私はファウストと申します。美しい姫君、ご無礼をお許しください」
マルガレーテ「ファウスト?貴方がファウストなのですね。貴方が……」
マルガレーテ、じっとファウストを見つめる。その視線の熱さに動揺するファウスト。そこへヴァレンティンが不機嫌な様子で現れる。
ヴァレンティン「マルガレーテ、舞踏会はもう終わりだ。帰るぞ」
ヴァレンティンは嫌がるマルガレーテの手を引き、連れ去っていく。取り残されたファウストのもとへオフィストが来る。
ファウスト「なんて可愛らしいひとなんだ!それに何だかとても親しみを感じるというか……初めて会った気がしないというか」
オフィスト「それは人間の常套句というやつですか」
ファウスト「なぁ、オフィスト。彼女ともっと仲良くなりたい!手伝ってくれ」
オフィスト「そういったことは、私にはわかりかねます。メフィスト様にお頼みください。私はあんな、天使の匂いがする女は御免ですが」
ファウスト「お前では駄目なのか。じゃあメフィストを呼ぶよ。メフィスト!」
メフィスト「(仰々しく)お呼びでございますか、ご主人様」
メフィストフェレスがファウストの背後に現れる。メフィストフェレスは仮面を外しており素顔である。ファウストは振り返り、メフィストフェレスの顔を見た瞬間驚きに目を見張る。仮面を外したメフィストフェレスの顔は、死んだ彼の妹そのものだからである。
メフィスト「どうかされましたか?」
ファウスト「お前、その姿は」
メフィスト「あぁ、これですか?その辺に落ちていたのを借りてきましたよ。人間の姿をしていないと、ここにはいられないのでね」
ファウスト「……お前、やっぱり悪魔なんだな」
ファウストは憎々しげに吐き捨てるがメフィストフェレスは気に留める様子もなく一笑する。メフィストフェレスは懐から花を一輪取り出し、ファウストに差し出す。
ファウスト「この花は」
メフィスト「この花をあの娘に差し出せば、きっと彼女は貴方の虜になるでしょう。ご主人様」
ファウスト、メフィストフェレスから引っ手繰るように花を取り、去っていく。その背を見送りながらメフィストフェレスは肩を竦める。
○マルガレーテの部屋
マルガレーテ、乳母マルタ
マルガレーテが落ち込んだ様子でいる。その傍らでマルタが慰めている。
マルガレーテ「お兄様はどうしてあんなにムキになるのかしら。それにしても、ファウスト様。お名前だけでも素敵だったけど、実際お会いしたらもっと素敵な方。それに、やっぱりどこかで会ったことがあるような気がするの。不思議だわ」
マルタ「マルガレーテ様、誰か来ます」
マルガレーテ「ファウストですって!」
マルガレーテ、喜びに立ち上がり、マルタが止めるのも聞かず扉を開ける。マルガレーテに招かれてファウストが部屋に入る。
マルガレーテ「ファウスト様、どうして」
ファウスト「私は貴方のためなら魔法が使えるのです。今日はマルガレーテ様に贈り物を持ってきました」
ファウスト、マルガレーテに花を差し出す。
マルガレーテ「まぁ……私、小さいころからこのお花が大好きなんです。まさか知っていらしたの?」
ファウスト「え、それは……」
マルガレーテ「きっとご存じだったのでしょ?だってファウスト様は、魔法使いなんですもの」
ファウストとマルガレーテ、顔を見合わせて微笑みあう。しばしの甘い時間。それを打ち破るように、ヴァレンティンと衛兵が乱入してくる。ファウスト、衛兵に捕らえられる。
○玉座
ファウスト、マルガレーテ、ヴァレンティン、大臣、国王
ファウストは兵士2人に拘束されている。
ヴァレンティン「王女マルガレーテの部屋に忍び込んだ不届き者に処分を!」
マルガレーテ「お兄様、私が招き入れたのです。このお方は悪くないわ。お父さま、ファウスト様をお許しください」
国王「罪人よ。王女の願いに免じてお前に一つチャンスを与えよう。ハルツ山の奥深く、妖の女王ヘレネというものがおるらしい。その女王はこの世のものとは思えぬほどに美しく、館には金銀財宝がたんまりと眠っていると聞く。もし次の満月までにその女王をここにS連れてこられたら、お前の罪を許してやろう」
国王「もしもそれが果たせなければお前も、そしてこのマルガレーテも処刑する。婚前の身でありながら部屋に男を招き入れる不貞の娘など、儂の娘ではない」
ファウスト「……わかりました。必ずやヘレネを陛下の御前に引き渡してみせましょう。そして、マルガレーテ様のお命も守ってみせます」
衛兵、ファウストの拘束を解く。国王と衛兵、マルガレーテは去り、それを追うようにしてヴァレンティンも去っていく。苛立ちと憎悪を隠さない様子で。
○城門
衛兵から突き飛ばされ、門の外へ追い出されるファウスト。そこへオフィストが来る。
オフィスト「妖怪女王ヘレネを捕まえるとは、ずいぶん大きく出ましたね」
ファウスト「お前、肝心なときにいないんだから!」
オフィスト「貴方が呼ばないので、控えておりました」
ファウスト「……まぁいい。聞いていたんだろ?結構な大仕事だろうけど、俺にはあの悪魔がついている。なんとかなるはずだ」
オフィスト「簡単に仰いますけど、あのヘレネを捕まえるのは容易ではございません。相手は妖怪の女王。あれは男とあれば見境なしに精力を吸い取る化け物です。今のままいけば、貴方の人生は間違いなくここで終わりです」
ファウスト「どちらにせよ行かなきゃならないんだ。メフィストに手だてを聞くしかないな」
そこへマルガレーテが来る。
マルガレーテ「ファウスト様!」
ファウスト「マルガレーテ様、こんなところにいて、誰かに見つかりでもしたら」
マルガレーテ「平気です。それよりこれを」
マルガレーテ、ファウストに小さな紙片を差し出す。ファウストが渡した花で作った押し花である。
マルガレーテ「お守りです……どうか、ご無事で」
マルガレーテ、押し花を受け取ろうとするファウストの手に自らの手を重ね、祈るように目を伏せる。
マルガレーテ「……私のせいで、ごめんなさい」
ファウスト「……!」
妹の声「お兄ちゃん、ごめんね。わたしのせいで」
ファウストの脳裏に、かつて聞いた妹の言葉がよみがえる。ファウストは頭を振り、マルガレーテの手を振り払う。
ファウスト「マルガレーテ様のせいではありません。これは私が選んだことです。私は必ず貴方を――マルガレーテ様をお救いいたします」
マルガレーテ「私、待っていますから。ずっと」
三人が去った後、メフィストフェレスが出てくる。
メフィスト「二度目の命も結局またあの女のために捨てる気か、ファウスト。人間とは、結局懲りない生き物のようだな」
○ハルツ山
ファウスト、オフィスト、山賊
颯爽と歩くオフィストと、その後ろを怯えた様子でついてくるファウスト。オフィストに助けられながら山道を歩いていくと、途中で山賊に襲われる。剣の心得のないファウストはオフィストに助けを求める。
ファウスト「オフィスト、助けてくれ!」
オフィスト「(ため息)私の動きに合わせて、剣を振りなさい」
オフィストの動きに合わせてファウストが剣を振るうと、ファウストはまるで歴戦の剣士のように山賊たちを薙ぎ払う。そして山賊たち全てを追い払うと、ファウストは嬉しそうに笑ってオフィストに駆け寄る。
ファウスト「オフィスト、ありがとう!」
オフィスト「礼を言われる筋合いなどありません。これは契約のうちですから」
ファウスト「それでも、嬉しいよ。ありがとう。なぁ、ファウスト様なんて呼ばなくていいよ。メフィストが作ったとはいえ、お前だって人間みたいなもんだろ?そんな堅苦しくなくていいよ。ファウストでいい」
オフィスト「なんでそんなニヤついた顔をしているんです」
ファウスト「俺、友達なんて一人もいなかったし、こんな風に誰かと一緒に旅をするなんて経験ないから、何だか楽しいんだ。命がかかってるし、全然楽しい旅でもないのに、おかしな話だけどさ」
オフィスト「……」
○ヘレネの館前
ファウストとオフィストがヘレネの館の様子を窺うと、ちょうど中では男が勢力を奪い取られて死んでいる。ヘレネと眷属の妖女たちの高笑いが響くなか、おびえた様子のファウスト。
ファウスト「なんだあれ、化け物じゃないか!」
オフィスト「だからそう言っているでしょう。やはり男では駄目だな」
ファウスト「じゃあいったいどうしたら……」
メフィスト「じゃあ僕が行ってやろうか?」
ファウストが振り返るとメフィストフェレスが立っている。ファウストはメフィストフェレスを睨み、上から下までじっくりと見てから不愉快そうに首を振る。
ファウスト「……その姿をしたお前に、危険なところへ行ってほしくない」
メフィスト「何拗ねてるのさ。妹の身体を使ったのがそんなに嫌だった?せっかく久しぶりに会わせてやったんだから、感謝してくれてもいいくらいなのに」
ファウスト、顔を背け黙り込む。メフィストフェレスは肩を竦め、
メフィスト「だったら方法は一つだね。お前が女になるのさ」
ファウスト「俺が女に?」
メフィスト「そうだよ。ヘレネは美味しい精気を持つ男の気配には敏感だが、女にはまるで興味がない。傍に寄られても気づかないくらいさ。だからお前が女になって、あの化け物をひっとらえてやるのさ」
ファウスト「なんで俺がそんなことを」
メフィスト「だってこれはお前が選んだことなんだろう?大丈夫、男だろうが女だろうが、人間には違いないんだから、何も変わりはしないよ」
吸い尽くした男の躯を前に、宴の真っ最中のヘレネと眷属の妖女たち。そこにオフィストが現れる。
ヘレネ「美味しそうな男の匂いがしていたと思ったら、お前かい?いいや違うね。お前からは悪魔の匂いがするよ。くさい、くさい。悪魔くさくて、吐き気がしそう!」
オフィスト「一応は人間を模して作っている。食べたら美味いかもしらんぞ」
オフィスト、剣を抜いてヘレネたちに切りかかる。眷属をすべて切り捨てるも、ヘレネは簡単には倒せない。そこに女になったファウストが現れ、ヘレネを縄で捕らえる。
ファウスト「もうすぐ満月だ。早くメネラス国に戻らないと。早く男に戻って……」
オフィスト「ヘレネを無事連れていくまでは女の姿でいたほうがいい。いつ牙をむくかわからないからな」
○メネラス国 城門
ファウスト(女)、オフィスト、町民A
メネラス国に凱旋したファウストは街の様子が以前とどこか違うように感じる。ファウストは城門の前にできた人だかりのうちの1人に声をかける。
ファウスト「これはいったい何の集まりだ?」
町民A「あぁ、処刑を見に来たんだよ」
ファウスト「処刑?いったい誰の」
町民A「前国王さ」
○処刑場
ファウスト(女)、オフィスト、マルガレーテ、ヴァレンティン、国王、大臣、処刑人2人、衛兵
拘束された国王が今まさに絞首台に乗せられようとしている。必死で抵抗するも処刑人2人に押さえつけられ無理矢理絞首台に上げられる。そこへマルガレーテが現れ、兄に縋り付く。
マルガレーテ「お兄様、止めてください。どうしてこんなことをするのですか」
ヴァレンティン「何故?この男はお前を殺そうとしたのだぞ」
マルガレーテ「私は死にません。約束の日は今日だもの、まだ時間はあるわ。きっとファウスト様はヘレネを捕らえて戻ってきてくださるわ。そうすれば私の罪も許されるのでしょう。だからお兄様、どうかこの処刑を止めて」
ヴァレンティン「ファウストだと?!そんな男のことなど忘れてしまえ!」
衛兵「新国王様!ヘレネを連れた剣士が現れました」
ヴァレンティン「何だと?」
マルガレーテ「ファウスト様だわ!」
人々が道を開け、オフィストがヘレネを連れて入ってくる。その後ろにこっそりと続くファウスト(女)、フードで顔を隠している。オフィストはヘレネをヴァレンティンの前に突き飛ばす。倒れ込むヘレネ。
オフィスト「これが妖怪女王ヘレネにございます。この妖女の住処には金銀財宝がたっぷり眠っていましたよ。手に入れればきっとこの国の財政難をすべて立て直して、おつりがくるくらいに」
財宝と聞き、大臣と衛兵たちが目の色を変えて飛び出していく。マルガレーテは怪訝そうにオフィストを見る。
マルガレーテ「あの、ファウスト様は?」
オフィスト「ファウストは(ファウストに肘で腹を突かれ)……彼は戦いで傷を負い、休んでおります」
マルガレーテ「傷を!?大丈夫なのですか!?」
マルガレーテ、オフィストにぐっと迫る。それを引き離すように二人の間にファウストが割って入り、
ファウスト「少し休めば大丈夫ですから、安心してください!」
マルガレーテ「この方は?」
ファウスト「えっ、あ、えっと」
ファウスト、困ったようにオフィストを見る。オフィスト、ため息をついて、
オフィスト「……私の友人です」
ファウストたちが去っていき、舞台上にヴァレンティンだけが残る。憎しみと狂気に満ちた目でファウストたちの去って行った後を睨み付けている。
○城下 門の外
ファウストが意気揚々と門から出てくる。その後ろに続くオフィスト。
ファウスト「やっぱりかわいいなぁ、マルガレーテ様は!久々にお会いしたけど、相変わらずお美しくて心が洗われるようだよ」
オフィスト「そうか?」
ファウスト「お前にはわからないの?あのかわいらしさが!」
オフィスト「今のお前とさほど変わらないように見える」
ファウスト、少し照れる。それから辺りを見回して、不思議そうに、
ファウスト「それにしても、なんか変な雰囲気だなぁ。前に来たときもこんな感じだっけ?何だか街がどんより淀んで息苦しいよ。俺、先に宿に戻ってるね」
ファウスト、退場。入れ替わるようにメフィストフェレスがやってくる。
メフィスト「ずいぶんと元気だね、あいつ」
オフィスト「マルガレーテの命を救えたのが嬉しいのでしょう」
メフィスト「なんだお前、ずいぶんとあの人間のことがわかっている風じゃないか」
オフィスト「わかりません。私は……私は人間ではありませんから」
メフィスト「人間でないことに不満でもあるの?」
オフィスト「……失礼します」
オフィスト、去っていく。メフィストフェレスは不思議そうにそれを見送りながら、
メフィスト「どいつもこいつもよくわからないね。人間の何がそんなにいいんだろう」
○宿屋
ファウスト(女)、オフィスト
ファウストがベッドに寝ている。オフィストが入ってくると、ファウストは身体を起こしオフィストに話しかける。
ファウスト「なぁ、俺いつ男に戻れるの?このままじゃ、マルガレーテに会ったって……」
オフィスト「メフィスト様に言え。私は魔法は使えないと言っただろ」
ファウスト「メフィストか……俺、メフィストのあの顔を見ると駄目なんだよ」
オフィスト「何故だ?」
ファウスト「メフィストの姿は、二十年前に死んだ妹とそっくりなんだ」
○ファウストの回想(20年前)
ファウスト、妹
妹とファウストが向かい合っている。妹の手にはナイフが握られている。
ファウストの声「病気がちの妹には薬が必要だった。でもその日の暮らしにも事欠く俺たちに、そんなお金なんて無かったんだ。だから俺はだんだん盗みを働くようになった。最初は出来心だったんだ。そのうちに味を占めて、後戻りできなくなった。妹はそれを気に病んで――」
妹「お兄ちゃん、わたしのせいで、ごめんね」
妹、ナイフで喉を突く。
○宿屋(回想戻り)
ファウスト(女)、オフィスト、マルタ
ファウスト「まったく、悪魔は合理的だよな。落ちてるものは何だって使いやがる。まさか死んだあの当時の姿そのままで出てくるなんて、思いもしなかった。忘れてなんていないけど、俺はどこかで、もう許されたような気がしていたのかもしれない」
オフィスト「……」
オフィストは黙り込み、二人はしばし沈黙する。そこへマルタが飛び込んでくる。
マルタ「ファウスト様、マルガレーテ様が!」
○城の地下 牢獄
マルガレーテ、ヴァレンティン
マルガレーテが牢獄に捕らえられている。
マルガレーテ「お兄様、どうしてこんなことを」
ヴァレンティン「お前が大人しく私のものにならないからだ」
マルガレーテ「私たちは兄妹なのよ!」
ヴァレンティン「知ったことか!俺はずっとお前を愛していたんだ。やっと今、お前を手に入れられる。この機会をずっと待っていたんだ」
マルガレーテ「そんなこと、お父様が許さないわ」
ヴァレンティン「あの男なら、もう死んだよ」
ヴァレンティン、高笑いをしながら去っていく。残されたマルガレーテは打ちひしがれた様子でその場に崩れ落ちる。
マルガレーテ「あのオフィストという男がヘレネを連れてきてから、皆様子がおかしい。欲望に取りつかれた悪魔のような目をしている。まさかあの男は、悪魔なんじゃないかしら。だとしたら、あの男とずっと一緒にいる、ファウスト様は……」
そこへメフィストフェレスが現れる。メフィストフェレス、牢獄の外からマルガレーテを覗き込み、
メフィスト「可哀想なお姫様。二度目の人生も結局ファウストのために、こんな悲惨な目に遭って」
マルガレーテ「貴方は誰なの?貴方もファウスト様と共にいる悪魔?」
メフィスト「僕は貴方に同情するよ、マルガレーテ。でもご主人のお望みだからね、貴方をあの方のところへ連れていくよ」
マルガレーテ「(譫言のように)あの人は悪くないんだわ。たとえ悪魔が傍にいたって、あの人がたと悪魔だって、わたしは……」
○玉座
ファウスト(女)、オフィスト、ヴァレンティン、ヘレネ、メフィストフェレス
オフィストとファウストが乗り込むと、ヴァレンティンが恍惚とした表情で玉座に座っている。その傍らにはヘレネがしな垂れかかっている。
ヴァレンティン「お前は……」
ファウスト「マルガレーテはどうした?」
ファウスト、剣を向ける。ヴァレンティンも剣を抜き応戦する。剣技に長けたヴァレンティンに対し、ファウストは劣勢である。剣で切りあううちに、ファウストの顔を隠すフードが剥がれる。
ヴァレンティン「女、その顔……貴様、ファウストか。やはり貴様は、悪魔使いか」
ヴァレンティンの攻撃の手は一層強くなり、女性の身体では圧倒的不利。その様子を見てオフィストが加勢しようとするも、ヘレネに阻まれる。ヴァレンティンがファウストの剣を飛ばし、ファウストに切りかかろうとするそのとき、二人の間にメフィストフェレスが現れる。メフィストフェレスによって時が止められ、動けるのはファウストとメフィストフェレスだけになる。
メフィスト「あの男を殺したい?」
ファウスト「わからない。ただ、マルガレーテを助けないと」
メフィスト「でもあの男はお前を殺したいと思っているよ。だってあの男はマルガレーテを愛しているから。だからお前が憎いのさ。愛する妹をたぶらかす、悪魔の手先だってね。まぁ、大正解なんだけどね」
ファウスト「愛する妹……」
ファウスト、押し花を取り出して見つめる。メフィストフェレスから渡された、魔法をかけた花。それはかつて、妹が好きだった花だ。
メフィスト「愛するあまり、妬み憎しみ、手を血で染める。これが人間らしい生き方かい、ファウスト。君も、愛のためにあの男を殺すのかい?」
ヘレネ「楽しそうな話をしているじゃないか。私も混ぜておくれ」
ヘレネの声が静寂を破る。ヘレネがメフィストフェレスの術を破り、時が戻ったのだ。ヴァレンティンの剣が、ファウストとヴァレンティンの間にいたメフィストフェレスに振り下ろされようとするのを見たファウストは、とっさにメフィストフェレスを庇うようにして剣を受けた。
ファウスト「……(妹の名前を呼ぶ)」
メフィスト「……?!」
オフィスト「ファウスト!」
オフィストはファウストに駆け寄ると、メフィストに声をかける。メフィストは我に返り、術を使ってその場から逃げだした。ヘレネの高笑いが響き渡る。
○魔女の森
瀕死のファウストが横たわっている。魔女リリスが治癒術をかけ続けているが、容体は芳しくない。人間の身体は限界が来ていた。どうにかして助けられないか、と問うメフィストフェレスに別の身体を使った秘術を使えば何とかなるかもしれないとリリスは言う。
オフィスト「私をお使いください」
メフィスト「オフィスト、何故」
オフィスト「私はもっと人間が――ファウストという男が知りたくなりました。この男が最後までどうやり通すのか、見てみたいのです。勝手をお許しください」
メフィスト「……お前に与えた命だ。好きに使えばいい」
オフィスト「ありがとうございます」
オフィストとリリス、奥へ消えていく。メフィストフェレスは二人が去って行ったほうを見つめ、自嘲するように笑う。
メフィスト「自分に似せて生み出したものひとつ、自分の思い通りに出来ないなんて。全くどうかしてるよ。僕も、神様も」
○ファウストの夢
花を持った妹(メフィストフェレス)が微笑んでいる。追いかけると、妹は倒れてしまう。倒れた妹の傍らからマルガレーテが花を拾い上げ、哀しそうな顔でファウストを一瞥し、去っていく。立ち尽くすファウスト。そこへマルガレーテと入れ替わるようにしてやってくるオフィスト。
オフィスト「マルガレーテはお前を待っている。たとえその先に悲劇しかなくとも、お前はそれを見届けなければならない。それが果たすということだ」
オフィストはファウストに剣を差し出す。ファウストがそれを受け取ると、オフィストは微笑み消えていく。
○宿屋
ファウストが宿屋のベッドで目を覚ます。ファウストの身体は男に戻っていた。ファウストはオフィストを呼ぶが、返事はない。代わりにメフィストフェレスが来る。
メフィスト「オフィストはもういないよ」
ファウストの傍らにはオフィストの剣がある。ファウストはそれを持って立ち上がる。
ファウスト「俺は行かなきゃ。マルガレーテが待ってるんだ」
メフィスト「行っても手遅れだと思うけどね……」
○宿屋の前
ファウスト、ヴァレンティン、従者
ファウストが宿を出ると、ヴァレンティンが待ち受けている。
ヴァレンティン「マルガレーテを拐かしたのは貴様か」
ヴァレンティンの話からファウストはマルガレーテが逃亡していることを知る。何者かが牢獄の鍵を開けていたのだ。マルガレーテの居所がわからないことを悟り、ファウストは脱力する。
ファウスト「俺にはもう、貴方を殺す理由がない」
ヴァレンティンはファウストの話を聞かずに切りかかってくる。ファウストもオフィストの剣を抜き応戦する。オフィストに操られていたときのような力強さでもってファウストの剣はヴァレンティンを圧倒する。決闘の末、ついにファウストはヴァレンティンを殺してしまう。ヴァレンティンは悪魔とファウストを罵りながら絶命する。ついに人を殺してしまったことに愕然とするファウストの手を取り、ヴァレンティンの従者は叫ぶ。
従者「新国王様、おめでとうございます!」
野次馬がわっと沸き、全員が新国王ファウストを讃え始める。そしてそれもあっという間に引いていく。それに合わせてファウストも退場する。その場に残るのはヴァレンティンの亡骸と、そして全てを見ていたマルガレーテだけだった。
○玉座
国王の冠を被ったファウストが玉座に座っている。その傍らに傅くメフィストフェレス。
メフィスト「とうとうお前は一国の主となった。民が喜ぶ政治をし、人々はお前を善き国王と讃えている。お前は全てを手に入れた。なのにまだ、満足しないのか?」
ファウスト「満足などするはずがない。どんなに栄光を手に入れてもどんなに人々が俺を讃えても、目を閉じればそれは俺を責め苛むのだ。俺はたくさんのものを犠牲にして、ここまできた。それに俺は結局、大切なものを見失ったままじゃないか」
メフィスト「それが不満なのかい?なんて贅沢なやつなんだ。何かを手に入れるということはそういうことだ」
メフィスト「悩み!?僕にそんな、人間みたいなくだらないもの、あるわけないだろう」
ファウスト「そうか……そうだよな」
メフィスト「でもあんたは悩んでる。こんなに手に入れてもいっこうに満足できない自分に。忘れてしまえば楽になれるのに、何一つ忘れられない自分に。どうしても会いたいの?あの女はお前を破滅させるよ。初めの人生もそうだっただろ。そもそもお前の罪はあの女のために」
ファウスト「(遮って)心配してくれてありがとう、メフィスト」
メフィスト「心配?!何を馬鹿なことを」
ファウスト「俺はあのときも妹のためだなんて言って逃げていたんだ。それで妹を追い詰めて死なせた。あれは俺の罪だ」
ファウスト「俺は今度こそ、逃げてはいけないんだ」
○教会
マルガレーテが聖母像に祈りを捧げている。そこへファウストがやってくる。マルガレーテはファウストの姿を見るなり、嬉しそうに笑った。
マルガレーテ「ファウスト様、来てくださったのですね。私、ずっと待っていました。ずっと、ずっと……ずっと待っていたのよ。貴方が私を殺してくださるのを」
ファウスト「マルガレーテ……僕は君のことを愛している、君を殺したりなんかしない」
マルガレーテ「でもお兄様は殺したのでしょ。お兄様。ねぇ、お兄様は悪くないわ。悪くなかったわ。全部私が悪いの。私は悪い女なの。だから私、お母さんにもなれなかったわ。ファウスト様、悪い女はお嫌い?もしそうなら、許してね。ねぇ、ファウスト様、私のことは殺してくださらないの?だったらもう、しょうがないわ」
マルガレーテ、ナイフを取り出して自分の喉元に突き付ける。その姿に妹の死に様がフラッシュバックし、ファウストは無我夢中でそのナイフを奪おうとする。暴れるマルガレーテの腕が燭台にぶつかり、蝋燭と油が床に落ちる。木製の教会は一気に火が広がる。メフィストフェレスがやってきて、ファウストを燃え盛る教会から引きずり出す。発狂したマルガレーテの笑い声。ファウストはメフィストフェレスを振り切ってもう一度教会に飛び込んだ。
やがてファウストが教会から出てくる。瀕死のファウストはメフィストフェレスの前に倒れ込む。メフィストフェレスがファウストを抱き起す。
ファウスト「マルガレーテを見つけられなかった……最後まで、愚かな男だと俺を嗤ってくれ」
メフィスト「……そんなことはない。お前は、頑張ったよ」
ファウスト「メフィスト?どこにいる?よく見えないんだ……まぁ、いいや。結局俺は、何度やり直してもこんな人生なんだろうな。本当に、駄目な男。駄目な兄貴……あぁ、そうだ。でも、最後にひとつだけ、こんな俺にも出来ることがあったな。お前に約束のものをあげるよ」
メフィスト「何を言ってる?契約は無効だ。こんなのがお前の満足だってのか?これのどこが素晴らしい人生だっていうんだ。それともお前は、僕を憐れんでいるのか」
ファウスト「人間らしいかどうかはわからないけど、でもなんだかんだ、楽しかったよ。全部自分で選んで、やれることを精一杯やった。間違いはしたけど、悔いはない。俺の人生は、素晴らしい人生だった」
ファウスト、息絶える。魂を手に入れ、メフィストフェレスは高らかに笑う。
メフィスト「約束通り、この魂は僕のものだ。僕の自由にしてくれる。そして神様、あんたはとんだ嘘つきだよ。結局、人間のことなんてなにひとつわかりはしなかった!だからこんなわけのわからないものは、僕は要らない。天国でも地獄でも、好きなところへ行ってしまえ」
どう考えてもこの後第二部が始まって、ファウストの忘却からスタートしなければいけない気がするのだけど、舞台にあわせてここで終わりにした。疲れた。どう頑張ってもメフィストがファウストに愛情を抱いてくれないので、この終わり方無理がありすぎた。変えたい。あと一日で書きなぐったのでもう色々めちゃくちゃだ。亡くなった妹の設定と、妹が好きだった花の設定を入れようと頑張ったんだけど、頑張りきれなかったよ。