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桃とラベンダー

天使の粉だけ 食べて生きるの

世界は凍りつかない

わたしは変化が好きではない。今日と同じように明日があればいいと思っているし、明後日もその次の日もできれば同じようにあってほしいと思う。前進と成長に興味がない。ずっと同じようにいたいと思っている。もちろん世の中の人はこんな風に考える人間ばかりじゃないと思う。具体的に言えばわたしの姉は常に成長したいと思っている人だ。成長のない会社にはいたくないと言って来春に会社を飛び出すと決めたと聞いた。わたしには全く無い発想だと思った。別に否定する気もないし、むしろ姉の方が人間として正しいような気がする。聖書は与えた5タラントを運用して増やさなかったしもべを怠け者と糾弾する。減らさなかったんだからいいだろう、とわたしは思うけど、成長のない人間は常に前進しようとする人間に敵わない。たまたま運用に成功したしもべであるが、例え失敗して財産を減らしたとしても、挑戦したという事実のみで地に5タラントを埋めたしもべより勝っているのだろう。*1それでも好きな女の子も変わらないことが大事だと言っていたし、それはわたしのなかで絶対的な価値観だった。
ところでわたしは、中丸くんのことを歪まない人だと思っていた。正確には、もう出来上がっていて、歪むことの無い人だろうと思っていた。わたしが中丸くんを初めて見たのは土曜深夜に放送していた裸の少年で、そのときの中丸くんはまぁイケイケで、これから幾重にも可能性の広がる未来をその手に持っていた少年だったのだけど、月日が流れてふと2011年にわたしが再び見たとき彼は氷のようだった。笑ったり泣いたりしてもどこか冷たくて、温度の無い人のように見えた。すごく綺麗だった。ちょうどそのときKAT-TUNはあるひとつの重大な変化があって、もしかしたら中丸くんはそのときに何か感じるところがあったのかもしれないけど、とにかく再び出会った中丸くんはとにかく美しくて、一目でわたしは彼の虜になった。少年の頃は全然興味がなかった彼に夢中になった。彼はよく笑ったり大袈裟にリアクションしたりするのにどこか時が止まったような温度の低さがあって、あぁこの人はきっと変わらないんじゃないかなと思った。そういう、不変かつ普遍の美しさをわたしは彼に求めていた。安心と安寧を一人の人間に求めるなんて馬鹿げているけど、でもそのあと更に色々なことがあったけど中丸くんは歪むことはなかったし、それだけ強い人だと思って、氷のように冷たくて美しく、変わらない人だから彼が好きなんだと思った。
それからわたしは河合くんのことを好きになった。河合くんは日々変わっていく人だと思う。わたしが好きになった2011年冬から髪型もよく変わったし、焼きそばパーマにもなったし、体型も変わった。常に変化して、成長していく人だなと感じた。それを追いかけるのを楽しいと思った。日々成長して、それでも大事な変わらないものを持っている気がして、わたしは彼を好きになった。それでも中丸くんはわたしにとって特別で、いつもそこにいてくれる安らぎであり黄泉だった。
そんな彼が泣いたと聞いた。わたしは怖くてベストアーティストが見られない。それからすぐに放送したシューイチも再生できない。シューイチからNewのマークが消えないことなんてなかったのに、怖くて再生できなかった。中丸くんが感情を表すことも泣くことも別に珍しいことじゃないのに、どうしてもそれが怖くて見られない。中丸くんが泣いたと聞いたときわたしは、とうとう彼が歪んでしまった、と思った。それが間違いであるとかそういうことではなくて、彼は変わってしまうなと感じた。変わらざるを得ない状況にとうとうなってしまった、と思った。そしてすぐに、自分が如何に愚かなことを考えているのかと思い立った。そもそも彼は一人の生きている人間で日々変わっているし成長しているのだ。けれど、そう感じさせない強さと美しさがあったから、少なくともわたしはそれを受け取ったから、わたしは彼に永遠を求めていた。生きている人間に永遠を求めるということは、死人でいろというようなものだ。彼が泣いたということを聞いたときになってようやく、わたしは自分が求めていたことの愚かさを思い知った。わたしが世界一好きな女の子だって、変わっていくことを前提とするからこそ、変わらないことの大切さを語ったのだ。そんな当たり前のことから目をそらして、わたしはただの惰性で物事を見ていた。わたしの好きな人たちはみんな、日々変わっていく。だからこそ美しく尊い。中丸くんは生きている。中丸くんには体温がある。中丸くんはこれからきっと大きく変わっていくだろう。それは絶対に正しいのだ。本人が選んだ未来以上に正しいものをただのヲタクであるわたしが作れるはずがない。その正しい未来をわたしが愛することが出来るかは別の問題であって、それは本当に、些細なことなのだ。それでもきっと、中丸くんは美しいという事実だけはきっと変わらずにあってくれると思う。
今、中学生の頃に夢中になってプレイしていたゲームを再度プレイしている。あの頃PlayStationで三枚組だったソフトは、今はPSstoreで簡単にDLできる。そのゲームのキャッチコピーは「変われる強さ、変わらぬ思い」だった。わたしは変化が好きではない。今日と同じように明日があればいいと思っているし、明後日もその次の日もできれば同じようにあってほしいと思う。前進と成長に興味がない。けれどわたしがそう思っていようがいまいが、世界は動いていく。そしてわたしも緩やかに変わっていく。それでもわたしは、美しい人が好きだ。それだけはきっと変わらない。そう思う。それだけ。

*1:この話、中学生に聞いた記憶のみで書いているから間違っているかもしれないけどこんな感じの説話が聖書にはあった。