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桃とラベンダー

天使の粉だけ 食べて生きるの

『アドルフに告ぐ』も見てきてた!

観劇

7/22・7/31の二日でStudioLife「アドルフに告ぐ」のドイツ編、日本編を見てきました~。ファウスト楽を挟んでのアドルフ…頭がドイツでいっぱいかよ。。

恥ずかしながら原作は未読なのだけれど(この世の大体の作品は読んでないと言っていい)公演前にざっくりと事前知識を入れて、というかもう題名から想像される作品の重さに慄き、尻込みしながら紀伊國屋ホールへ。クッション貸し出してるの、やさしい。使わなかったけど。。ところで紀伊國屋ホールのイスってなんかかぱかぱしてしまうよね、これをどうにかするようのクッションだったのだろうか。

観劇前に原作を読んでおこうかなと思ったけど、なんだかんだしてる間に公演日になってしまった。まぁそもそもわたしはあんまり原作を読んだりとかしない人間(※一部例外を除く)だしここはひとつフラットな気持ちで、とドイツ編→日本編の順番で見ました!

 

 

倉田さんの脚本は本当に丁寧に話を運んでくれるので、置いて行かれるということが一切ない。長い作品から抽出して組み立て直されたストーリーはどこにも無駄がなくかつテンポもよくて、ドイツ編では少しずつナチスに染まっていくアドルフ・カウフマンの心情を、日本編では秘密文書を巡る攻防を軸に、丁寧に、わかりやすく、そして淡々と悲劇への駒を進めていく。どこで間違えてしまったんだろう、と振り返っても、ここだというところがぱっと決められない。アドルフ・カウフマンがその手でアドルフ・カミルの父を殺してしまったときや、アドルフ・カウフマンとアドルフ・カミルの決定的な決別の瞬間など思い出すけど、そこに立ち戻ってやり直せるのかといえばそうではない。じわじわと心に深く巣食う闇が人を変えていく。人はある日突然変わるものではなくて、だからこそ立ち戻れないのだと思った。

 

ドイツ編はアドルフ・カウフマンとアドルフ・カミルの仲睦まじかった少年時代から始まる。そこに民族の違いなどなくふたりはひとりの人間として友達で、けれどアドルフ・カウフマンはヒトラーユーゲントでの生活を経て徐々にアーリア人至上主義に染まっていき、自分に日本の血が混じっていることを恥と思うようになり、そしてユダヤ人を蔑視するようになる。けれど母由季江や親友アドルフ・カミルに対しての想いはその思想とはまた別の、特別なものとして最後まであって、それぞれと再会するシーンのアドルフ・カウフマンはとても素敵な笑顔で、しがらみから解き放たれたように無邪気に笑うから、一層哀しくなる。青年になったアドルフ・カウフマンの声に、少しだけ少年が戻ってくる機微を演じる松本さんが本当に素晴らしい。

そんな風に何も知らない頃になにものにも囚われずに築き上げた自由な関係が、大人になるなかで民族などの枠組みに押し込められてしまう様はとても切なく、最期に二人のアドルフがパレスチナで銃を向けあう結末のやりきれなさたるや!ドイツ編を見て、次は日本編をと観始めたらいきなりパレスチナから始まったときはヒィッってなった…つらい……。


松本さん演じるアドルフ・カウフマンは少年時代はさすがのショタっぷりで、本当にかわいくって!そんな彼が冷徹で高慢な人間へと成長し、ドイツ人以外を見下した鋭い目は本当にぞくぞくするほどに冷たく美しい目だった。日本で育ったためにアーリア人至上主義の思想に染まらず、子供じみた嫉妬心でアドルフ・カミルをユダヤ人と揶揄しても、すぐにそれを後悔して「君」と遊びたいんだと謝る素直さがあった。ユダヤ人もドイツ人も関係ない、「君」がいいんだと。そんな彼が、その素直さゆえにヒトラーユーゲントの教育・環境・人間関係の中で徐々にナチスに染まっていくのは、彼がそれを実感を持って正義と信じているからで、だからこそ終盤の「正義とは何だったんだ」という言葉が重く響く。

緒方さん演じるアドルフ・カミルは最初からブレずに同じスタンスで、彼はユダヤであることに誇りを持っていて、その誇りを持つが故に民族闘争に身を投じてしまうこともまた哀しいなと感じた。真っ直ぐなアドルフ・カミルが、真っ直ぐであるが故に何も許せなくなってしまったことが。緒方さんの演技はとても実直で、突き刺すような鋭い声はアドルフ・カミルの芯の強さを表していた。
久保くんの演じるエリザはどこか不思議な、神秘的な女性だった。漫画のエリザをぱらぱら見たら、もっとかわいらしい女の子って感じだったので、これはきっと他の(たとえばKAATのアドルフに告ぐとか)舞台ではまた違った解釈をされるキャラクターなんだろうなと思う。久保君のエリザは高潔な雰囲気があった。大いなる遺産のエステラみたいな……あ、久保くんのエステラよかったよね……。
他のキャストもみんな余すことなく素晴らしくて全員について素敵だった~~;;って語りたいくらい素敵で(個人的には本多親子が好き)、きっとそれはこの舞台に立つキャストそれぞれがこの舞台の重みを正面から受け止めているからなんだろうなぁ。あと甲斐さんのヒトラーほんと、ほんとにすごかった。あのヒトラーのためにドイツ編もう一回見ようかと思うくらいだったよ……。

 

わたしには民族や人種の差でもって人に優劣を決めたりする感覚が理解できない。別にいい子ぶりたいんじゃなくて、自分と自分以外みたいな風にしか認識できないだけなので、それはわたしの社会性が乏しいってことだと思う。
もしわたしがちゃんと集団に対する帰属意識を持っていたら、きっとその集団の価値を高めるために別の集団の価値を下げようとかするんだと思う。それが一番楽だと思う。とあるカテゴリのことをまるごとひとまとめにして侮蔑して嗤っているとき、その集団がひとりひとり自分と変わらない人間の集合だということを忘れて、きっとそうする。
それに、もしも日常的に差別が横行する、それが当然のように繰り広げられる社会でずっと生きてきたら、きっとわたしも何の罪悪感もなく誰かを差別するのだろうし、というより、今も自分が気づいていないだけできっと誰かを差別して傷つけているのだと思う。だからせめて無意識に誰かを差別しているであろう自分の攻撃性について、ふとしたときに立ち止まって振り返ることのできる人間でいたい。気づける人間でいたい。どこで間違えてしまったんだろうと途方に暮れる前に。そんなことを思う、8月6日でした。

 

 

 

 

アドルフに告ぐ(1) (手塚治虫文庫全集)

アドルフに告ぐ(1) (手塚治虫文庫全集)

 

 

 

アドルフに告ぐ(2) (手塚治虫文庫全集)

アドルフに告ぐ(2) (手塚治虫文庫全集)

 

 

 

アドルフに告ぐ(3) <完> (手塚治虫文庫全集)

アドルフに告ぐ(3) <完> (手塚治虫文庫全集)